Life Is Party

NEW MUSIC , NEW LIFE

さらしもの( feat. PUNPEE ) - 星野源

 

 

 

星野源の勢い。

『POP VIRUS』に続いて、発表されたEP『Same Thing』も最高でした。

 

『POP VIRUS』で「凄い、さすがドーム級アーティストの貫禄だ」と思ってたら、『Same Thing』では「なにこの素敵な音楽....」となりました。

意欲的なコラボと多彩な音楽性、 それぞれの楽曲において掲げられたテーマに感嘆しました。

 

何よりも日本の音楽のメインストリームで活躍する星野源がこの音楽を奏でることが嬉しいです。

紅白の舞台で、「Same Thing」を歌ってくれたのは本当に驚きましたし、嬉しかったです。

インディーシーンにもっとスポットが当たるきっかけになってほしいですし、星野源自身もそういうことを考えてるんじゃないかなと思います。

 

生まれて独りステージに立って

 フィナーレまでは残り何公演

人差し指の隣の指はまだ仕舞っておいて

 

この曲の大きなテーマが「孤独」です。

星野源自身が学校生活でうまくいかず、不登校になった時期があったそうです。

 

そんな過去のある自分が、どでかいドーム で観客の声援をうけてステージに立っている。何万人から声援を受けても、素敵なバンドを組んでも、なお「独り」という言葉を使うのは、昔の自分と比べて今の自分を取り巻く状況があまりにも違い過ぎて、「独りではない」という実感がないからでしょうか?

心境は計り知れません。

 

「フィナーレまでは残り何公演?」って。

ツアー中に書いた曲なんでしょうか。

 

「人差し指の隣りの指」って表現面白いですよね。

「良いね!」と「ファック!」の両極端。

 

この輝きは僕のじゃなくて

世の光映してるだけで

 

ここ好きです。

星野源の謙虚な姿勢が表れてます。

 

「夢の外へ」でも

夢の外へ連れてって

ただ笑う顔を見させて

この世は光映してるだけ

 と歌っています。

 

 「ファンが居てくれるからこその自分」を凡庸な言葉ではない、素敵な言葉で表現しているなぁ、と思います。

 

月も太陽の光を浴びて輝く。

目に映る色んなものは太陽の光に照らされてやっと見えてる。

「普遍的なものを自分に当てはめて、表現する」っていうソングライティングのテクニックなんでしょうか。

 

もしかすると

孤独は一人ではないって…みえる!

 

 孤独でさびしさを感じる人に勇気を与えてくれる素敵な音楽だなぁと思います。

 

 

 

余談ですが、孤独と言えば、僕の大好きな言葉があります。

小山田さんの受け売りなんですが。

 

アメリカの小説家、アン・シャノン・モンローがこう言いました。

 

 孤独とは、港を離れ、海を漂うような寂しさではない。
本当の自己を知り、この美しい地球上に存在している間に、自分たちが何をしようとしているのか、どこに向かおうとしているのを知るためのよい機会なのだ。

                                                     - アン・シャノン・モンロー

 

孤独でいるといろんなことを考えると思います。

考えすぎて、病んでしまうこともあるかもしれません。

へこんだり、立ち直ったりを繰り返して味のある人間が生まれます。

 

この世に生を受けた以上、自分がしたいことをしようと、そう思いました。

 

花火 - サニーデイ・サービス

 

 

いつか高級ステレオで聴きたい一曲です。

 

この曲の世界観がとても好きです。

曽我部さんが監督したMVも大好き。

 

こんな夜に ずっと君の傍にいたい

この時代が終わったら 砂漠にでも行こうか

ピラミッドの上  打ちあがる

花火を君と見ていたい

こんな夜は ずっと君を感じていたい

氷河期の前に咲いていた 赤い花 

ピラミッドの上  打ちあがる

花火を君と見ていたい

 

「この時代が終わったら」とか「氷河期」とか。

なんだかタイムスケールが壮大です。

 

時代は巡って、今もいつか遠い過去のようになる。

最近個人的に、一段と「この世の終わり」を近しく感じるのでしみじみ聴き入ります。

 

そして「ピラミッド」と「花火」というおよそ似つかわしくない組み合わせ。

なんでこんなシチュエーションを思いついたのか不思議ですが、なんだか凄く惹かれるシチュエーション。

 

ロマンティックだし、幻想的。

 

 

スフィンクスと盗賊が踊る

揺れる幻 照らされた君の横顔

 もしもすべてが 夢だとしても

踊り続けるファラオに合わせて 

 

 

この曲に登場する「スフィンクスと盗賊」や「ピラミッド」というワード。

僕はなんとなく世界的名著の『アルケミスト~夢を旅した少年~』を思い浮かべます。

 

この本では、少年の旅の目的地としてピラミッドが出てくるのですが、ストーリーには盗賊も登場します。

あんまりないシチュエーションなので、曽我部さんがこの世界観をイメージした可能性は無きにしも非ずなのかなぁと思います。

 

なんにしても盗賊っていう「悪」のイメージが強い人たちとか、今はもういない「ファラオ」が踊る、非現実さとか奇妙さが僕にはとても魅力的です。

 

 

時間とか概念を飛び越えた不思議な次元にあるラブソングです。

 

『えいやっ!っと飛び出すあの一瞬を愛してる。』 - 小山田咲子

 

本について初めて書きます。

 

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『えいやっ!っと飛び出すあの一瞬を愛してる。』は小山田咲子さんのブログを書籍化した本の題名です。

ブログ本とかエッセイに分類される本でしょうか。

 

初めて読んだのは大学2年の夏休み。

1週間のうちに小説一つ読み終わらない僕ですが、この本は帰省中の3日くらいのあいだにニヤニヤしたり、ハッとさせられたり、時には涙したりしながら読み終えました。

 

以来時々本棚から取り出しては、大好きな所を何度も読み返しています。

こんなに好きになった本はこの本が初めてでした。

僕のバイブルです。

 特に若い人に凄く響く本だと思います。

そして沢山の勇気を貰えます。

 

 ここまで言うのには三つくらい理由があります。

 

まず第一に、とにかく小山田さんが信じられないくらいエネルギッシュな人なのです。

こりゃ、負けてられないぞって気持ちになるんです。

 

 

 

題名の「あの一瞬」とは旅に出るときに、家の扉を開け放って出て行く瞬間のことだそう。

小山田さんは本当によく旅に出かける人だったのです。

暇を見つけてはふらっと旅に出かける。

 

小山田さんの言う、「あの一瞬」が愛おしいのはすごくよくわかります。

旅に出るのに必要最低限なものだけ最後に確認して扉を開ける。

ついさっき最終チェックをしたとしても携帯と財布だけ確認したら扉を開ける。

 

僕の場合は「よっし!」っと飛び出します。

たしかにあの瞬間は大好きです。旅の始まりだから。

 

あの瞬間から日常からの逃避行がスタートするのです。

誰も自分を知らない街に行ける。

見たことのないものを見ることができる。

 

 

巻末には彼女の略年譜が載っていますが、世界中の色んな所に行っています。

当時はLCCがなかったので、金銭的に今ほど気軽に海外に行けなかったはずなんですが、彼女は持ち前のバイタリティーで解決しちゃいます。

 

バイトをしまくるのです。

「バイト三つ掛け持ちは当たり前」みたいな感じなんです。

 決して休学していたり、勉学を疎かにしているわけではありません。

レポートにも追われつつ、飲食や家庭教師、大学のTA、さらにはネット広告会社でのアルバイト等をこなしていました。

 

パワフルすぎる。

 

旅とバイトだけではありません。

音楽サークル、テニスサークル、映画製作、自動車免許取得、雑誌のモデル、写真個展開催、...etc。

もちろん恋愛も。

 

僕は小山田さんの凄まじさに圧倒されるとともに、自分の状況を鑑みて恥ずかしくなりました。

「俺は何をやっているんだ」と怒りさえ湧いてくるほど。

 

きっとそこら辺の自己啓発本より、自己啓発できると思います。

 

 

 

第二に、彼女が同じ大学生と思えないほど、自分の考えをしっかりと持っていたことに刺激を受けました。

 

「BVJルーブルにて」というシリーズがあるのですが、本当に驚きます。

シリア滞在中のユースホステルでの一幕を記したものです。

 

同時多発テロから2年の時が経ち、中東問題が今よりも更に緊迫していた頃です。

この時期にシリアに出かけていたということにまず驚きました。

 

部屋には小山田さんとドイツ人、アメリカ人、イスラエル人、トルコ人、そしてフランス人が居ました。

 

 多国籍。

中東問題や第二次世界大戦の話をそれぞれの国の目線で話し合います。

難しい議題ですが、当然英語で会話が交わされたわけです。

旅行やホームステイで英会話に慣れているとはいっても、自信をもって自分の意見を英語で言えることに驚きました。

 

それぞれの国のセンシティブな関係を気にした議論ではなく、気持ちを包み隠さないストレートかつ、なかなかに激しい議論でした。

海外では思ったことは口にするのはやはり当たり前のようで、僕は面食らいましたが、小山田さんはものともせず、その会話にきちんと参加していました。

時にはジョークすら言えてしまう小山田さんのコミュ力には驚くばかりです。

 

 

他にも彼女の色んな事に対する考え方がこの本には記されているのですが、僕の好きな所を二つ引用します。

 

ある人が何かを本気でやりたいと思ったとき、その人以外の誰も、それを制止できる完璧に正当な理由など持ち得ない。そんなの、ありえない。

 - 「SORASO」より 海鳥社『えいやっ!っと飛び出すあの瞬間を愛してる。』小山田咲子著

 

彼女の行動力の源を感じる二文でした。

「やると決めたら絶対やる」って人だったんだろうな、と。

 

 「どうしてわかってくれないの」という問い自体が無意味だということは、人と人とが所詮異なる存在同士で、そもそもお互いの気持ちを完全に理解し合えるはずなどないという基本的な前提に立ち返ればすぐにわかるはずなのだが、なまじっか相手の中に、ほかの誰とも違う(ような気のする)何かを見出してしまって、自分の中にも特別な場所を用意してしまうために悲劇は始まるらしい。真剣に向き合おうとするほど途方に暮れる羽目になる。

 だけど冷静さの欠如していない恋愛なんてもはや恋愛じゃない気もするので、仕方ないのだろう。ただの友達でいられればこんなにがんばらない。

 熱病みたいな磁気を過ぎたらあとは頭脳戦だし、耐久戦だ。一進一退の攻防、生き抜くには体力が必要だ。

 - 「Rock the boat」より 海鳥社『えいやっ!っと飛び出すあの瞬間を愛してる。』小山田咲子著

 

彼女の人との向き合い方や恋愛哲学のようなものが大好きです。

客観的かつ情熱的。

 

他にも、「恋をして」や「明け方の訪問者」が大好きです。

 

 

 

第三のポイントは、小山田壮平さんが本に登場するところです。

 

そもそもこの本を知ったのは、彼女の弟である小山田壮平さんを通じてです。

 

そしてこの本には、壮平さんも出てきます。

お姉さんの眼に映る壮平さんは、僕が持つ壮平さんに対するイメージとはかなり違っていました。

もう何年も前の話だし、家族の目線なので当たり前ですが。

ファンからしたらこういう話を知るのは、やっぱり楽しいと思います。

andymoriや壮平さんのファンは必見です。

 

 

 

このブログはアルゼンチンへの旅行出発の前日を最期に突然終わってしまいます。

旅先での自動車事故で亡くなってしまったのです。

 

彼女の書いた本を読んでみたかった。

彼女の個展に行ってみたかった。

旅行記も読んでみたかったです。

もう何年も前のことですが、ご冥福をお祈りします。

 

 

赤の他人の僕が言うことではないのは重々承知の上だけれども、お姉さんが今でも何処かから壮平さんを見てくれているといいなぁ。

お姉さんが気にかけていた壮平さんはもう何にも心配は要らない、人に力を与えてくれる優しくて強い人になっています。

弾き語りツアーでは身体に秘めたエネルギーを爆発させて、僕にはもう、眩いくらいに輝く壮平さんを見せてくれます。

少なくとも僕は壮平さんに人生の最も辛い時期を救ってもらいました。

今も時々助けてもらってます。

 

以上が僕がこの本を大好きである三つの理由です。

 

 

 小山田咲子さんの魅力はここでは語りきれません。

 こんなに魅力溢れる人を僕は知りません。

 

 

amazon で購入できるので気になった方は是非。

えいやっ! と飛び出すあの一瞬を愛してる

えいやっ! と飛び出すあの一瞬を愛してる

  • 作者:小山田 咲子
  • 発売日: 2016/05/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

光 - 折坂悠太

 




アルバム『平成』のなかでもとても特別な曲のように思います。

「take13」、「さびしさ」、「光」の最後の3曲は本当に大好きな流れです。

「光」という名を冠したこの曲は、『平成』を静かに締めくくります。

本当に美しい、綺麗な曲です。

 

このゲートを潜るとき 振り向けど 

私がいたことを誰も知らず

眠りつくは 持て余す暗闇を

あなたと抱きしめた そんな事も


この歌詞は「死」について歌っているような気がします。

「死」という重いテーマを『平成』というアルバムの最後の曲に持ってくるのは、平成の時代が大災害の年だったことや、凄惨な事件の数々が理由でしょうか。

 

「死」は「暗闇」?。

ならば「光」は「生きること」でしょうか。

 

ありえない そう思ったあの時

来るはずない そう思った この街で

夢は覚めて 街灯りが君を連れていく

この手に何も 残さず遠ざかる

 
「この街」とはどこのことでしょうか。

普通に考えて「東京」?

 

「街灯りが君を連れていく」というラインはチャップリンの「街の灯」を思い浮かべさせます。
文明の象徴ともとれる「街灯り」が煌々と灯る街である東京。

 

この築き上げてきた文明も、その繁栄が原因で滅びるであろうと言っているのでしょうか。


この考えだと滅茶苦茶ネガティブな歌ということになってしまいます。

完全に考えすぎですね。(笑)

弧を描く ライトの点滅に読み取れた言葉は

「ねむれよ ねむれよ」

意味深。

 

「安らかに眠れ」ということでしょうか。

平成の時代に亡くなった命に向けて、レクイエム的な立ち位置の歌なのかもしれません。

夢は冷めて 街灯りが君を連れて行く

この手に何も 何も残さずに 光の点になる


歌詞カードでは「覚めて」ではなく、「冷めて」となっていました。

 

先ほどの「夢」が夢現の「夢」だとしたらこちらの「夢」は願望の意味の「夢」なのでしょうか。

「熱いものの温度が下がる」という意味通りなら、夢への情熱が「冷めて」しまったということなのかもしれません。


今の時代について「楽観視していない」という折坂さん。

夢ではなく、現実を見据える。

 

 

ちょっと解釈が難しいですけど、祈り以上に覚悟の籠った歌なのかなと思います。

City Music - Kevin Morby

 


 

Oh, that city music

Oh, that city sound

Oh, it`s coming round

 


Kevin Morbyはアメリカのシンガーソングライターです。

ルー・リードボブ・ディランニール・ヤングなどの影響を受けているらしいです。

 

確かに、流離うような、自由な音楽に似たものがあるように思います。

ひたすら音が心地が良い音楽です。

 

ギターの音色とリフからはなんだかオリエンタルな感じが漂います。

全然ボーカルが入ってこなくて初めはインスト曲なのかなと思いますが、突発的に歌い始めます。

歌い始めたかと思いきや、中盤には中々のテンポアップを仕掛けてきます。

 

そして、「Oh!!」という奇声。

エキセントリックです。

 

Let`s go downtown

 


「さぁ、街へくりだそう!」

そんな歌でしょうか。

 

 

未来 - Mr.Children


今日はMr.Childrenの桜井さんの50歳の誕生日だそう。僕が音楽を好きになるきっかけのバンドであるMr.Childrenは、今でも特別なバンドです。

 



この曲と言えば、「ポカリ!綾瀬はるか!青春!」です。

もう15年も前のCMです。

 

名前もない路上で ヒッチハイクしている

膝を抱えて待ってる ここは荒れ果てていて

人の気配はないし 誰もここを通らないや

進入禁止だって あらゆるもの拒絶して

追い払ったのは僕だから 誰も迎えに来ない

ちゃんと分かってるって

だけどもう少し待ってたい

 

歌い始める前のハーモニカ大好きです。

弾ける瑞々しさがあります。

チェッカーズの「触れるもの皆傷つけるナイフ」じゃないですけど、周りの人の優しさを無下にしたり、気づかないで失望させてしまったり。

 

生きてる理由なんてない

だけど死にたくもない

こうして今日をやり過ごしてる

 
思春期って、自分の未来とか人生について初めてしっかり考え始める時期だと思うんですけど、 Mr.Childrenの曲はすごく同調できる曲が多いですよね。

 

「なんで生きてんだろ」という普遍的で、誰しもが一度は考えたことがあるテーマ。

「だけど死にたくない、ただやり過ごしてるだけなんだ」っていうのは、当時激しく同意してました。

 

まるで自分のことを歌ってくれているかのような気分になります。

今自分の立つ現在地はどうしようもないもので、現状は最悪。

 

歌詞は終始ネガティブなものが多いですが、最後には「先の知れた未来」や、やる気のなさそうに「横たわる未来」を変えてみせる、と。

今の桜井さんを見てると、もう音楽をするのが楽しくてしょうがないという感じが伝わってきます。

 

やっぱり、『REFLECTION』は大きな転機になった作品なんじゃないかなと思います。本当に生き生きとしていて、ライブでも相変わらず走り回りながら歌っていて。

本当にすごい人です。

日本が誇るすごい50歳のおじさんです。

ぼくのお日様 - ハンバートハンバート

 

 

この歌は優しいメロディと2人の綺麗なデュエットが大好きです。

 

それなのに、久しぶりに聴いて思いがけなく罪悪感に苛まれてしまって。

誰に言うわけでもない暗い話なので、ここに書いてるわけです。

 

 

僕は言葉が  うまく言えない

始めの音で  つっかえてしまう

大事なことを 言おうとすると

こ こ こ  言葉が 

の の の  のどにつまる

 

 

YouTubeのコメント欄に吃音症の方がコメントをしているのを見て、ふと小学校の同級生を思い出したんです。

 

本当に恥ずかしい話ですが、吃音症のことをそのコメントで知ったのです。

「あぁ、彼も吃音症だったのか」と。

 

小学校低学年の頃の記憶(高学年の頃には彼の吃音も大分よくなっていました)なので曖昧ですが、それでもきっと、彼を傷つけていたということは分かります。

 

子供は無邪気ですが、裏を返せば残酷です。

何にも知らないから、とんでもないことを言ってしまうことがある。

 

僕も彼に最低なことをしていました。

周りの友達と一緒に彼の吃音をからかったことがありました。

「面白がる」くらいの感覚だったろうなと思います。

 

本当に申し訳ないことをしたと思います。

それでも彼は僕を避けるでもなく、遊んでくれました。

 

中学は別のところに行ってからしばらく会っていませんでしたが、成人式で再会できました。

一緒に写真も撮ってくれました。

 

すごく個人的な懺悔になってしまいました。

でも気づけて良かったです。