Life Is Party

NEW MUSIC , NEW LIFE

肺 - Gofish

 


今朝は冷え込んでいて、もう夏は終わったのだなとしみじみしました。

 去年の夏同様、この曲を聴いて夏の終わりを惜しんでいました。

 

そして秋の始まりにはこの曲を聴きました。

ひんやりした空気を深く吸い込んで、空気に耳を澄ますことができる名曲です。

Gofishは名古屋のシンガーソングライターであるテライショウタのソロプロジェクトです。

 

初めてライブを見たのは確か塩屋のグッゲンハイム邸でした。

そのときはGofishを知らなかったので、なんとなく聴き流してしまっていました。

 

再びGofishを見たのは大阪での全感覚祭2018。

薄水色の雲のない空と力強い歌が凄く印象に残っています。

 

ふくらんだ夜としぼんだ朝のあいだ

気がかりなことは昼からの雨のこと

 

全感覚祭のGofish出演時間帯は午前中だったような気がします。

 

自然と空気と音だけに感覚を澄ますような、そんな不思議な空間だった覚えがあります。

夜が明けるか明けないか。その境で聴くともっと沁み込んでくるかもしれません。

 

土砂降りの街を走りだしたのは

あと5分で最後の電車が行ってしまう

二度と届かないような気がして

足が千切れるほど走り続けている

 

ときに、自分をすり減らして走り続けなければいけないときが人生には何度かあって、「二度と届かないような気がして」決して諦めることができないものにあいます。

 

この歌で思い浮かべるのはやっぱり「どうしても会いたい人」でしょうか。

こちらの脈もなんだか速くなるようで胸がいっぱいになります。

 

肺は正常に 血液に酸素を送って

息をとめて 息を

 

正式な歌詞は、息を「止めて」ではなくて「とめて」。

決して呼吸をやめるということではないようです。

 

焦る、早まる脈をなだめるような、そんな言葉のような気がします。

肺は相も変わらず、体中に血を巡らす。

 

 


 

 

 

瞬間 - 王舟

 


 

王舟の唯一のダンスナンバーなんじゃないでしょうか。

自然と頭と身体が揺れちゃいます。 

 

 

いつでもそうやって意味のないこと話して

お互いの距離を近づけていたいよ

 

王舟の書く日本語詞は、ネイティブでないからこその、味のある暖かみを感じることができます。

彼の曲は英語詞が多いのですが、日本語詞で書かれた「とうもろこし畑」とか「あいがあって」、「ディスコブラジル」は本当に独特の味があって大好きです。

 

表現しにくいんですが、「距離を近づけていたい」っていう表現みたいに、自分が使わないような言葉の組み合わせに気付かされることがあります。

細かい文法や言葉の慣例的な縛りに囚われないからこその表現の自由さがいいんですよね。

 

すぐにまたほら 朝がのぼるから

今日は何処へ行くの

何をしてるの

 

ここでも「陽がのぼる」ではなく「朝がのぼる」。

「すぐにまたほら」ていう表現もなんだか絶妙にネイティブの日本人が使わない表現で面白い。

 

目が覚めたから

全ては夢に消えた

明け方から僕はそわそわしてる

 

「そわそわ」か、、

こんなにカッコイイ曲だけど可愛い。

 

「目が覚めた」という歌詞とか、曲の華やかさがこの曲の刹那的な儚さに通じるなぁ、と思います。

上手く表現できないのですが、凄く楽しい曲なんだけど、瞬間を生きることとか、一瞬一瞬が通り過ぎて行く儚さも同時に感じます。

 

太陽がのぼる

太陽がのぼる

朝が来る

ぼーっと気が狂う

 

王舟が「気が狂う」っていう気持ちも何となくわかります。

瞬間を生きている生の実感とともに、命を燃やしてるという感覚もある。

一日が終わって朝が来れば、昨日のことはもう不可逆の場所にあって、戻れない夢の世界のよう。

mmmの底抜けに明るいコーラスも楽しいひと時とその儚さを思わせます。

 

とにかくこの曲は聴いてて滅茶苦茶楽しいのに、同時にセンチメンタルな気分にもなる不思議な曲なんです。

 

 

余談ですが、この会場めちゃくちゃ素敵ですよね。

大阪千日前の味園ユニバースというんですが、元はグランドキャバレーだったところなんです。電飾が煌びやかで他のライブ会場とは一味違うド派手な空間です。

大阪に三年と少しいますが、未だに味園ユニバースに行く機会が巡ってきません。

はやくこの空間に行ってみたい。

 

 


 

 

September - 竹内まりや

 

SEPTEMBER

SEPTEMBER

  • provided courtesy of iTunes

 

九月と言えばこの曲です。

 

作詞は松本隆先生。

昭和歌謡でこの曲大好きだなぁって思ったら作詞者が松本隆さんだったってことよくあります。

 

からし色のシャツ追いながら

飛び乗った電車のドア

いけないと知りながら振り向けば隠れた

 

からし色」というチョイス。絶妙。

普段からし色って使ったことありますか?

人生で一度も使ったことがない色の名前でしたが、「あー、あの色ね」って瞬時に分かります。

 

からし色」はよく女性が着ているイメージですが、この歌では後に出てくる「年上の人」の男性が着ているみたい。

 

 

街は色づいて クレヨンが

涙まで染めて走る

年上の人に逢う約束と知ってて

 

松本さんは世界観を彩る天才です。

こんな風に鮮やかで、自然と笑みがこぼれるような詩を描けるのは松本さん。。

 

素敵すぎ。

でもまだ序の口で、凄いのはサビの歌詞。

 

セプテンバー そしてあなたは

セプテンバー 秋に変わった

夏の日差しが弱まるように

心に影が差した

セプテンバー そして九月は

セプテンバー さよならの国

ほどきかけてる

愛の結び目 涙が木の葉になる

 

秋の訪れとすれ違いに彼が去っていった。

このことを「あなたが 秋に変わった」と。

 

季節感と恋愛観の掛け合わせ。

聴くたび感心します。

個人的にこの曲の一番のパンチラインは「夏の日差しが弱まるように心に影が差した」です。

 

詩人ってこういう普遍な自然描写と心の機微をわざとらしくなく描けてしまう人なんだろうと思います。

 

そして二番の歌詞の「私一人が傷つくことが残されたやさしさね」はとんでもなく切ない。

こんな大人の恋を一度はしてみたい、かも。

 

こうして見直すとため息が漏れるほど素晴らしい歌です。

 

 

僕が結局のところ日本の音楽が大好きなのは、歌詞の微妙なニュアンスを理解して楽しむことができるのは母国語の日本語詞だけだからです。

もっと厳密に言えば、日本語ほど繊細に心情の描写が可能な言語はないだろうと思ってるからですが。

 

改めて僕は日本語が大好きだと思いました。

 

 

かけあがって - BBHF

 


この曲も試験勉強中によく聴いていた曲です。

 

一日中勉強してれば、休憩中にはいろんなことを考えるわけです。

せっせと理系の道を進み、寄り道をすることもなく、振り返ればもう21歳。

 

一時期は「理系学部に来るべきじゃなかった」とひどく後悔した時期もありました。

 

このまま進学して普通に就職していいのか。

憧れの山下清よろしく、一度くらい放浪の旅に出たほうがいいんじゃないか。

そんなことを考えたりして。

 

でもその都度やっぱり勉強は面白いと思い直したりして…。

それでこの曲を聴くと、やっぱり今の自分で大丈夫だって思えるのです。

 

かけあがって かけあがって

ずっと駆け上がれば 楽しくなってくるかも

なんだかんだ僕は結局続けられてる

 

自分のやってることに全幅の自信を持ててる人ってなかなか居ないと思うんです。

結局のところ迷いながら悩みながらも、進み続けるのが一番シンプルな答えだなと思いました。

 

自分の今いる道で駆け上がれば、楽しくなってくるかも。

どの世界でも共通して言えることじゃないでしょうか。

楽しくなる気配が一向に見当たらないようなら、環境を変える。

 

僕は幸い、大きく道を間違えたわけじゃないし、楽しくやれてるので、このままの道で駆け上がろうと思います。

今はもう、あと二年半の研究生活を精一杯頑張ろうという気持ちで心はキラキラしてます。

 

 

すごい自分語りになってしまいましたが、この曲大好きです。

MVも超キュートでシュールだし。

BBHFの曲はやたら音が気持ちがいいんですよね。

 

個人的に弟の和樹くんがいつもイジられまくってるのが面白いです。

 

 

休みの日 - 坂口恭平

 


院試がやっと終わりました。

YouTubeアプリも削除してなるべく携帯には触らず奮闘してました。

 

大変だったなぁ。

期間は違うけど一日あたりで言えば大学受験ばりに勉強した3か月でした。

 

やっぱり勉強は辛くて、大変でしたが、休みになったらやりたいことを沢山リストアップしてそれを糧に頑張ってました。

 

この曲は、試験前の最後の2週間くらい毎日のように聴いてました。

 

意味を汲み取りにくいんですが、

会えない日々を忘れられるのなら

夜入れたヨガティー甘く感じるだろうに

 この歌詞がなんだか大好きです。

 

「ヨガティー」っていう飲んだことのないお茶。

苦いのかな。

 

会えない寂しさを紛らわすことさえできれば苦いヨガティーさえも甘く感じることができるだろうに、ということでしょうか。

 

 

キーボード、ピアノは寺尾紗穂さん。ベースはGUIROの厚海義朗さん。

僕にとってはすごく馴染み深いメンバーなのもすぐこの曲を好きになった理由です。

 

君のこと考えてた

君の歌 うたってた

君と踊りあかした

あの夜の川辺

 

映画みたいな素敵なロマンスを思い浮かべます。

休みの日には大切な人とゆっくり過ごすのがやっぱり一番いい。

 

実家に早く帰りたいです。

 

 

 

坂口さんといえばなんだか何でもできちゃう人ってイメージがありますが、最近驚いたのは彼の描くパステル画です。

現在個展を神田と京都で開催中です。

 

パステル画を初めて数年もないと思うのですが、その腕はもう画伯レベルです。(素人目線ですが)

なんといっても一目見てハッとさせられる美しさ。

一瞬、写真と見紛うほどの写実性があるけど、パステル画特有の絵の柔らかさみたいなものも感じれられてとても素敵なんです。

 

僕は来週京都の個展に行く予定です。

もう予約が埋まってると思いますが、たまにキャンセルも出てるみたいなので、興味があるかたはぜひ。

 

 

来月はアルバムもリリースされるので、楽しみに待ちます。

先行リリースの「松ばやし」も楽しい一曲です。

 

"The Times They Are A-Changin' "と「性善説」

 


 

ボブ・ディランのこの曲、どこかで聞き覚えがあるなぁってずっと思ってたんですが、amazarashiの「性善説」でした。

 


 

結構似てる気がするのですが、気のせいですかね...。

僕はコードとかメロディーの詳しいことはよくわからないんですが、きっとどこか共通したものがあると思います。

 

本当にただそれだけなのですが、どちらも好きな曲なので。

 

2曲の間で、歌詞自体は全然共通したものはありません。

"The Times They Are A-Changin' "はどんな歌かと言いますと、その題名のとおり「時代は変わる」と人々に語り掛けるような歌です。

1965年にリリースされた曲で、背景には公民権運動があるようです。

ちょうどアメリカで巻き起こっているBLMのムーブメントとも重なります。

 

歌詞には直接的な表現が少なく、今の時代にもしっくりくる普遍性があります。

本当のところ時代はずっと変わり続けていて、なにか大きな、目に見える変化を節目にそれが認識されます。

特に最近は時代の潮流は激しく渦巻いているように思えます。

世界の情勢とか、政治のこととか、こんなに忙しないものでしたっけ。

 

時止めたい。せめてゆっくりにしたい。

 

 

一方で「性善説」は毎日のように悲しい出来事が起こる混沌とした世界で、人の性の正体が何なのか、そういうことを問いかけている歌のような気がします。

そもそも善と悪の二元論で語れるほど単純じゃない。どちらが善とも、どちらが悪とも決めることはできない。

半ばこの世界に絶望したような歌詞にも聞こえますが、「生きることは決してあきらめてはいけない、幸せになることを諦めてはいけない」というメッセージが込められていると思います。

 

隣人愛という言葉が歌詞に出てきますが、キリスト教の有名な教えである「汝の隣人を愛せよ」を思い浮かべさせます。

 

僕は今のところは性善説支持者です。

 

人は周りの人の影響を受けずにはいられません。

良くも悪くも。

 

生まれた瞬間からテロリズムを持った赤子などいません。

他人の境遇への想像力はどれだけあっても足らず、人と人が完全に分かり合えないのは、他人の境遇を知ることができてもその当事者にはなれないからです。

 

だから犯罪者に同情しろということではありませんが...。

これだから善と悪は一概に断じることができないと思います。

  

それでも僕が一応性善説支持者なのは、大学で今までにあったことがないくらい清らかな人にあったからなんです。

彼はとんでもなく頭がいいんですが、めちゃくちゃ謙虚でもあって、そして優しいんです。

 

ただの「優しい」ではなくて、それこそキリストの隣人愛を体現した存在みたいな。

 

うまく言えないのですが、ここまで無垢な人に会ったのが、初めてなので僕はかなり衝撃を受けたんです。

それでやや性善説に傾いてるわけなんですね。

 

人を信じることができるってうれしいです。

そういう人が周りに増えていけば、自ずと幸せになれるのかなと思います。

 

患難の世代 - イ・ラン

 

 

 


 

よくこの曲をSoundCloudで聴いていましたが、最近新たにレコーディングされたようで、ストリーミングが解禁されました。

 

「患難」は聞きなれない言葉ですが、「困難にあって悩み苦しむこと」だそうです。

このコロナ禍で色んな人がそれぞれの困難に直面しているかと思います。

 

その最中に改めてリリースされたことに、イ・ランからのメッセージを感じました。

 

悲しみと怒りと諦めの入り混じったような印象を抱きます。

戒めとかでなく、もう諦めてしまっている感じ。

 

また誰かが死んだみたいに泣いた
仁川空港でも 成田空港でも
泣くのはよそうとお互いしっかり約束しておいて 帰り道はずっと
いつまた会えるのか 何の約束もなく
ひょっとしたら今日以降はもう会えない
大切な私の友達たちよ みんなで同時に死んでしまおう
その時が来る前に まず先手を打ってしまおう

 

大切な人を失うのは人生で最も辛い困難の一つです。

残された人は愛した人の存在なしに生きていくことを強いられます。

 

想像するだけでも胸が痛みますが、その時は必ず来てしまいます。

僕もこんな風に思うことはあります。

 

どちらが取り残されて辛く、苦しい思いをするのならいっそのこと一緒に死んでしまいたい。

そう思えるくらい大切な人がいるというのはとても幸せなことなのですが。

 

私の時間が通り過ぎていくよ
この時間が過ぎ去るように
この世代も通り過ぎていくよ
全てが過ぎ去った後に
ようやく君は腹を立てるのかい
全てが過ぎ去った後に
ようやく君は悲しく泣くのかい

 

まだ20代前半ですが、すでに時間の過ぎていく感覚が早すぎる。

そう思う度、現在をしっかりと全うしなければと思います。

 

「全てが過ぎ去った後に ようやく君は腹を立てるのかい」

すごくグサッと刺さります。

「まあいいか」となあなあに、あらゆる事象に無反応でいたくせに、いざ自分に不利益が降りかかれば怒り出す。

 

色んな問題が提起されていますが、熱心にそれらに取り組むのはごく一部で、本当に事態が悪化するまで人々は動きません。

 

もう後の祭りだとわかった時に嘆きだすのです。

僕にも心当たりが沢山あります。

 

私たちが先に死んでしまえば
仕事をしなくてもよく
お金がなくてもよく
泣かなくてもよく
別れなくてもよく
会わなくてもよく
手紙を書かなくてもよく
メールを送らなくてもよく
メールを読まなくてもよく
首をくくらなくてもよく

水に溺れなくてもよく

手首を切らなくてもよく

薬を一度にものすごいたくさん飲まなくてもよく

一度にすっぱりみんな逝ってしまう 滅亡だから 

あああ ああ あああ ああ 最高 

あああ ああ あああ ああ すっきり

 

訳詩なので真意が伝わりづらいところもあると思うのですが、イ・ランの絶望を感じてしまいます。

 

自棄的な心情とも少し違うような気がしますが、何にしても聴いていて切なく、悲しい気持ちになります。

 

歌詞が歌詞なのでSoundCloudの少し明るめの曲調の方が好きです。

この辛い世を生きるには救いが必要です。