Life Is Party

NEW MUSIC , NEW LIFE

明日のラストナイト - 長澤知之

 


 

日毎、仕事、悩み事 夜毎、小言、泣き言

誰かのパッシングライト 反対車線の揉め事

 

続いてく日常のなかの不平、不満。

後ろからせかされるように責められるようなこともある。

「反対車線の揉め事」は「対岸の火事」みたいなニュースで流れる事件とか。

 

赤と真っ暗と青と  赤と真っ暗と青と

移ろい続けること それが日々の何もかも

 

信号のことかなと思いましたが、そうでもなさそう。

移ろう心の色?

 

こういう人生訓みたいなことがサラッと歌詞の中にあるのがいいですね。

 

「止まらずに動き続けること」の大事さは最近実感していて、メンタル弱者の僕はどんなにゆっくりでもいいから兎に角、動き続けることが精神衛生上いいかもしれないと思います。

 

ボーっとすることも動き続けることの一つです。それは次に向かう導入部分だったりするから。

駄目なのは心の伴わないことを惰性でしてしまうこと。

うまく言えないですが。

 

この先にある道が

たとえオメガであろうと

 

オメガってなんのことだ?ってなりますよね。

電気抵抗の単位のあのΩ? いや、ちがう。

 

Ω(オメガ)はギリシャ語のアルファベットの最後の文字。

それがもとで「最後」や「最終」という意味を持つらしい。

 

長澤さんのワードチョイスは本当に魅力的。

とがっていて鋭いけど、繊細でもあって。

鋭い洞察と背景にある深い体験に胸をうたれるのです。

 

最期に誇れること

君の人であれたこと

 

「明日のラストナイト」という題名が意味するところはなにか。

 

「最期」という言葉は「死」を意味します。

「終焉(オメガ)」です。

 

明日はオメガかもしれない。

「オメガであろうと」と何度も歌っていることから考えるに、明日終焉が訪れたとしても構わないということでしょうか。

大事に想っている「君」と一緒にいる日々があったから?

 

でもそれじゃあ残された「君」はどうなる。自己中すぎる。

 

だから自分のオメガではなくて、世界のオメガ。

みんなが死ぬ終焉のときの歌なのではないかと。

 

飛躍しすぎな感じは否めませんが、ズバリ『最後の審判』のときです。

Last Judgement”(ラストジャッジメント)のときに自分は何を思うか。

 

そんな歌なのではないかと。

 

 

長澤さんがクリスチャンだということも考えてしまって僕の脳内で解釈が暴走して

しまいました。

 

わざわざそんな意味付けをしなくてもいい。

これは自己満足です。

 

何も考えずに、この曲の多幸感に身を委ねるだけで十分だと思います。